(1999年2月18日)
目 次
新しい雇用・人事に関する基本的考え方
改革は経営者から、経営者こそ成果主義を
ホワイトカラーへの成果主義の導入と新たな信頼関係の確立を
はじめに:第14回「企業白書」の取りまとめにあたって
本篇
第1部:提言・アクションプログラム
第2部:本文
「"個"の競争力向上による日本企業の再生~経営者の能力が問われる時代~」
第1章 グローバルな市場経済の時代へ—マクロ経済から見た企業改革の必要性
1.長引く日本経済の停滞
(1) 戦後最悪の経済情勢
(2) 悪化する企業業績とオーバーキャパシティ
2.日本経済のグローバリゼーションと企業改革
(1) 日本経済の構造改革
(2) 市場ルールの国際的ハーモナイゼーション
(3) 金融のグローバリゼーションの企業経営への影響
(4) 企業間競争の激化と産業の2極化・企業の2極化
第2章 競争力を高めるための2つの経営改革
1.資本効率を重視した戦略的経営への転換
2.企業競争力の鍵は"経営者とホワイトカラーの活性化"
(1) 経営戦略とリンクした人事戦略
(2) 経営者・ホワイトカラーの能力・活力を引き出す"Pay for Performance"
(3) グローバル競争に向けた早急な人事制度改革の取組みを
第3章 経営者の評価と報酬
1.経営者の使命とリーダーシップ
(1) 経営者の責任と使命
(2) 改革は経営者から
2.経営者こそ成果主義を
(1) 収益性を重視した業績評価指標へ
(2) 役職連動から業績連動の報酬へ
(3) 在任中の業績評価を重視
(4) 役員の評価・報酬の決定メカニズムの明確化と透明性向上
3.プロフェッショナル経営者の育成
(1) 早期選抜による徹底した内部育成と若手の抜擢
(2) 役員の外部登用と経営者の労働市場
第4章 個人の能力・活力を引き出し、企業競争力を高めるための新しい人事制度
1.競争力向上のための「企業と個人の新たな関係」
(1)個別契約化による"ビジネス・パートナーシップ"と新たな信頼関係の構築
(2) ホワイトカラーの新しい働き方と魅力ある企業づくり
(3)新人事制度の基本的概念:「透明性」「個別性」「市場性」「投資性」「自律性」
2.ホワイトカラーの能力活用:"個"の生産性向上のための5つの方向性
(1) 「雇用形態」の多様化と個別契約化
(2) 「人材調達・配置」の市場化による適時適所適材の実現
(3) 「仕事配分」の契約化
(4) 「評価」の成果主義化と納得性・透明性あるシステム
(5) 「報酬」の成果主義化
3.ホワイトカラーの能力開発:"個"の競争力強化のための2つの方向性
(1) 「キャリア管理」の多元化・自律化
(2) 「能力開発」の重点化・自律化
4.新たな制度のスムーズな運用のために
(1) 経営者は人を活かすための深い理解と哲学を
(2) 人事部門の新たな機能とライン人事への転換
(3) 管理職の実力が成果主義を支える
はじめに:第14回「企業白書」の取りまとめにあたって
日本は長い経済停滞の迷路に入り込んだ。バブルの傷は深く、経済再生への歩みは遅々として進まず、失われた90年代が過ぎようとしている。
企業経営においても収益は大きく落ち込み、資本効率が著しく低下した結果、株式市場は低迷を続けている。また今日の低金利も低い資本効率の反照である。一方、ダイナミックな変化と好況を享受する米国企業の業績は好調であり、またユーロを実現させた創造力豊かな政治のリーダーシップの下で、欧州企業は競争力強化を図るために企業統合などの戦略的経営を大胆に遂行している。
今回の「第14回企業白書」の本題である企業競争力とは何か。顧客満足度を満たす商品・サービスの競争力の秤もあり、また技術・コスト・販売・情報システムや経営者を含めた人的生産性など、いろいろな切り口により競争力が比較される。しかし、それらは全て企業の収益力に集約される。現在、経営者を苦しめている収益力の低さは、経済および社会構造の変化によってもたらされた過剰な設備・雇用・債務について、われわれ経営者がスピードのある、かつ大胆な対処を怠ってきたことによる。
今回の「第14回企業白書」の取りまとめを担当した労働市場委員会は1997年4月より活動を始め、ホワイトカラーの活性化と生産性向上による企業競争力の再生をテーマに検討を進めてきた。日本的経営システムの特色としての終身雇用・年功型昇進・報酬システムは各企業で徐々に変化しつつあり、成果主義への移行と労働力流動化を歓迎する動向にある。しかし、いまここで、経営の先頭に立つわれわれ経営者は、経営の成果としての収益・株価等への責任を自覚して経営改革を断行し、それに伴う報酬変動という市場の洗礼を受けてきたのかと、自ら問わねばならない。
グローバルで自由な市場競争の進展は、経営者に能力と実践を厳しく要求する。経営者とは苛酷なプロの職業である。企業は、他とは異なる技術、商品・サービス、システムを他より早く創り出し提供し続けることによって、生き残り、勝ち残ることが可能となる。経営者のそうした貢献に対して明確なインセンティブを与えるべきであるが、日本の現状は余りに結果に対して平等主義であり過ぎる。
1999年度にようやく施行される税制改革は、やる気を起させ、成果を上げた者を激励する市場型税体系への移行である。企業内においても経営者を含めて、やる気を起させ、成果を上げた者に報いるシステムの導入なくしては人材の活性化は進まない。特に情報化が進んだ経済社会にあっては、このような動きに遅れた企業は、革新的な技術・ソフトの開発を中心とする優れた若々しい企業の出現にその立場を脅かされるであろう。
"先が見えない"かつ"変動幅の大きな"市場環境下では、「いま」こそが真実であり、決定的に重要である。国際会計基準による時価主義、連結決算やディスクロージャーの充実はそれを物語る。人材面においても成果主義化、報酬の短期決済化、労働力流動化こそが企業経営を襲う経済的嵐や地震に耐えうる柔軟な構造に作り変えることになる。
今回の企業白書では、日本で初めて経営者を対象に「経営者の評価と報酬」についてのアンケート調査を行ない、多くの回答を戴いた。前回の「第13回企業白書」での資本効率の向上、コーポレートガバナンスについての提言によって日本の経営者の意識は変化の途上にあるように思える。しかし課題はその実践である。
また、本白書では、日本のホワイトカラーのこれからの企業での働き方についても提言しているが、そこでは自律性が高く、かつ成果に強い責任感を持つ人間像が浮かぶ。俗な言葉で言えば、市場競争でのケンカに強い人間だろう。そのような人材は知的能力と戦略機知に富んだ挑戦好きであり、生活意欲もまた旺盛ではなかろうか。このような人材が活き活きと働くことができるように、働き場としての企業は適所に人材を配置し、適正な評価システムをもって、その「成果」に厳しく報いていく雇用・人事システムを構築することが必要になる。
この50年間における日本の景気回復の過程を見ると、個人消費が先導して蘇った経験をもたない。大きな財政的犠牲を積み上げて政府は景気への対策を行なった。いまこそ、企業は業績の飛躍的再生を目指し、資本効率を高めるために経営の大改革に取り組み、それを実行する経営者・ホワイトカラーは成果主義を求心力とした人材の活性化を図り、企業競争力=企業収益力を創造せねばならない。このような過程を通じて市場が企業の将来を期待し、企業価値=株式価値の上昇につながるであろう。これが日本経済再生の道である。企業経営者・ホワイトカラーの責務は重い。
今回の企業白書の作成にあたっては、労働委員会の下に正副委員長ならびに一部委員からなる「企業白書編集委員会」を設置して、アドバイザーには学習院大学経済学部経営学科教授の今野浩一郎氏にご就任戴いた。この編集委員会が白書取りまとめの中心となり、日本企業の人の生産性を高める施策について、今野先生から的確なご指摘を戴くとともに、経営者として議論を重ねた。また、アンケート調査については今野研究室の方々にご協力戴いた。アンケート調査篇の第1部総論(要約と結論)は今野先生にご執筆願い、各論については日本労働研究機構副主任研究員大木栄一氏(第2部第4章)、東京都立労働研究所研究員上野隆幸氏(第2部第2.3章)にご執筆戴いた。
最後に、白書作成の全過程にわたり極めて貴重なアドバイスを戴いた今野先生、アンケート調査作成においてご助言を戴いたヘイ・コンサルティング・グループ取締役社長田中滋氏、同社シニア・コンサルタント齋藤英子氏およびコンサルタント高橋恭仁子氏、さらに富士ゼロックス総合教育研究所取締役社長鈴木信成氏、ならびに企業実態調査などに精力的に活動して戴いたワーキング・グループのメンバー各位をはじめご協力戴いた多数の方々に御礼申し上げたい。また、アンケート調査に絶大なご協力を戴いた上場企業役員および本会会員各位、事例調査に快く応じて戴いた企業の役員および人事担当者の方々に深甚の謝意を表するものである。この企業白書は、度重なる編集委員会の議論を通じてより深い内容に踏み込むことが� �きたと自負している。貴重な時間を割きご参加戴いた編集委員会の方々に心より感謝申し上げたい。
1999年2月
社団法人 経済同友会
労働市場委員長
渡邉 正太郎
提言・アクションプログラム
新しい雇用・人事に関する基本的考え方
- 株式市場をはじめ、市場は日本企業の改革の遅れに警告を発している。経済のグローバル化、構造変化などに対応して、資本効率の向上と競争力の強化に早急に取り組まねばならない。日本企業にとっての企業競争力向上の鍵は、経営者とホワイトカラーの活性化である。そのためには、経営戦略とリンクした人事戦略の構築が急務である。
- 経営者とホワイトカラーのモチベーションを高め、能力・活力を引き出すには、成果・業績に報いる"Pay for Performance"の仕組みが不可欠である。企業と個人は、成果主義を基本に、相互選択と個別契約化によるビジネス・パートナーシップに基づく新たな関係、新たな働き方を確立する必要がある。その新たな関係における企業と個人の信頼の基盤は、「透明性」の確保である。
- これらに対応して、雇用における企業と政府の役割を明確にしなければならない。一企業による雇用維持には限界があることを認め、社会全体で雇用を守る仕組みを作る必要がある。企業は、競争力を強化し、働く個人にとって魅力ある「場」「機会」を提供する。政府は雇用の円滑な移動や流動化に対応した政策に転換し、雇用維持のための助成金や税制を見直し、職業能力向上支援策の強化、職業紹介・派遣事業の分野拡大や雇用契約期間の弾力化など抜本的な構造改革を行ない、新しい雇用インフラを構築する。
改革は経営者から、経営者こそ成果主義を
- 経営者の使命は企業収益の確保と向上であり、経営者は企業業績に対して責任を負わなければならない。経営者の出処進退は企業業績によるべきである。
- 経営者は、ROE、キャッシュフロー、EVA、株価などの収益指標をより明確な経営目標として位置づけ、その達成度・成果によって評価を受けるべきである。
<可及的速やかに> 可及的速やかに>
a. 役員一人ひとりの役割と責任を明確にし、役職連動ではなく業績連動の報酬とする。CEOなどの経営トップは企業業績を、業務執行責任をもつ役員は担当部門の業績を反映した評価・報酬とする。
b. 役員の報酬は、報酬月額や基本年俸などの安定的部分を減らし、短期インセンティブである賞与などの業績連動の変動部分を増やすとともに、業績による変動幅を拡大する。また、ストックオプションなどの長期インセンティブを導入する。
c. 役員の報酬は在任中の業績評価を重視し、短期決済型とするとともに、後払い的報酬である退職金のあり方や退職後の処遇を見直す。
d. 役員の評価・報酬の決定メカニズムを明確化し、透明性を高める。
e. 早期選抜と抜擢によりプロフェッショナル経営者を育成するとともに、外部からも積極的に登用する。
<21世紀初頭には>
a. 経営の透明性を高めるため、社外役員を含めた報酬委員会、指名委員会の設置など、経営者の評価・報酬・登用に関するルールや決定メカニズムを確立する。
b. 役員報酬・賞与の総額にとどまらず、特に経営トップ層の報酬の開示を検討する。